I remember...
Vivian Maier
(†2009年4月21日)

Vivian Dorothy Maier
ヴィヴィアン・マイヤーという名前は日本ではあまり聞かないけど、それもそのはずでアメリカでもシカゴのコレクターのジョン・マルーフが2007年にマイヤーの写真のネガ及び未現像のフィルム数万枚をオークションで数ドルで落として、そのほんの一部をネットで紹介し始めるまでは誰も知らなかったのだから。
マルーフは最終的には15万枚にのぼる彼女のネガや未現像のフィルムを集めた。ヴィヴィアン・マイヤーは生前1枚の写真も発表してはいなかった。彼女はプロのカメラマンでもなかったし、生涯を家政婦兼乳母(nanny)として送り2009年にその生涯を閉じた。かなりの変人だったらしく、そこら辺はドキュメンタリー映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して(2013)」に詳しく描かれている。
しかし彼女の才能は、ぼくのような素人でも数枚の写真を見れば分かるほど傑出している。彼女の写真から最初に伝わってくるのは彼女の持つ「視点」だ。と言っても、それはプロの写真家の作品から発せられる小難しい哲学とかスタイルと言ったものとは異なる、純粋に見たいものを見る、撮りたいものを撮るといった情熱みたいなものだ。それこそが彼女の「視点」となって、それに彼女の才能と技能が翼を与えたのだと感じた。
時代的にみれば、彼女は同じように膨大な未発表写真を残した写真家Saul Leiter(1923-2013)とほとんど同じ時代を生きている。しかし彼は隠遁した写真家であったのに対して、彼女は写真家ですらなかった。それを思うと歴史の偶然でこの素晴らしい作品群を目にすることができることに感謝しなければならない。
[ずっと欲しかった写真集]■Street Photographer■The Color Work
この二冊の写真集が前々から欲しいと思っていたのだけれど、やっぱり高いのでずっと迷っていた。美術展の図録と比べてもそれが数冊買えるほど高いし…。なんて迷っていたのだけれどボーナスの代わりと思って清水の舞台的決心でとうとうたのんでしまった。
待ち遠しい時間が過ぎてアメリカから船便で送られてきた小包はずっしりと重かった。やってきたのはヴィヴィアン・マイヤー(Vivian Maier / 1926–2009)の二冊の写真集。「Vivian Maier Street Photographer」と「Vivian Maier The Color Work」の二冊。一冊はモノクロームの世界。もう一冊はアーリーカラーと呼ばれるカラーフィルムが普及し始める頃のどちらかというと淡い色合いのカラー写真。この二冊はぼくの宝物になった。
Vivian Maier Street Photographer
(2011)
彼女の写真を見出したジョン・マルーフによって編集された彼女の最初の写真集だと思う。内容はモノクロで撮られたストリート写真。15万枚に及ぶ写真の山から彼が掘り出した珠玉の作品集だが、これを見るとマイヤーの撮った写真をマルーフが選んでいるということで、当然そこには既に彼のスタイルと美意識が反映されているが、それは彼女はもうこの世に居ないので致し方のないことだ。
都会の一瞬を切り取った数々の写真は、人々の表情の深さだったり、ユーモラスな瞬間だったり、コンポジションのような構図の面白さだったりストリート写真のあらゆる要素が組み込まれている。マルーフによれば、彼女のフィルムのコンタクト(べた焼き)を見ると、ほとんどのシーンが1ショットか2ショットでしか撮られていないようだ。フィルムが高いという経済的な理由もあるかもしれないが、もしかしたらシャッターを押した時点で彼女の対象への興味は終わっていたのかもしれない。事実、残された作品の殆どは現像すらされていなかったのだ。


Vivian Maier The Color Work
(2018)
ぼくの好きな写真集の中にソール・ライターのEarly Color(2006)というのがあるのだけれど、この彼女の写真集の中にも同じような優しい色彩の時間が流れている。それは当時の技術的な問題なのだろうけど、くすんだというか少し彩度の足らないような色彩が今の目いっぱい彩度を上げた派手な写真を見慣れたぼくらの目には逆に新鮮に映るのかもしれない。
ぼく自身は子供の頃からこのアーリーカラーに馴染んでいたし、自分にとっても当たり前の世界だった筈なのだが、時間と共に自分の目も変わっていた。先に彼女のモノクロの写真を多く見ていたので、カラーの写真集を買うのにはちょっとためらいもあったのだけれどそれは杞憂だった。主に
エクタクローム・カラー・スライドで撮られた数々のシーンを観ていると胸が苦しくなるほどのノスタルジアを感じる。流れてゆく時間をこれほど愛おしく定着させたイメージを今まで見たことがない。


(Apr.2025/org.Apr.2021)
gillman*s Choice... 日本の四季
季節の新版画
春を待ちながら…
梅と鷽(うそ)
小原古邨(祥邨)昭和初期小原古邨は昭和元年以降に渡辺版画店において「祥邨」の名でいわばプロデューサーとしての渡邊庄三郎のアドバイスを受けながら制作に励んだ。この時代の古邨(祥邨)の作品は比較的大判の作品が多く図柄も分かりやすいものが多い。人によってはそれを批判的に見る向きもあるが、庄三郎と古邨(祥邨)の協働が新版画をより身近なものにすることに寄与したことは間違いがないと思う。
図柄は梅に鶯ならぬ「梅に鷽(うそ)」となっているが、この季節の天神様の「鷽替え」にあるように鷽は不幸を嘘(うそ)に変えるという言い伝えもあり、吉祥図と言えると思う。鷽(うそ)の鳴き声は口笛のようで、そこから古い和語で口笛を表す「うそ」という名前がついたと言われる。全体にパッと明るい色彩で、これから春を迎える気分に溢れている。ここら辺は庄三郎のセンスかもしれない。
大手門の春の夕暮れ
川瀬巴水(1952)巴水としては晩年の作になるが皇居の大手門のお堀の前にある柳が勢いよく芽吹き、その向こうに夕暮れの空をバックにした大手門がある。一見何でもない風景だが、東京という都会の一画に訪れた静謐な一瞬を巧くとらえていてぼくは好きだ。大手門は旧江戸城のいわば正面玄関であり現在は皇居東御苑の入り口となっている。
昭和20年(1945)3月の東京大空襲で大手門の渡櫓門が焼失するが、昭和42年(1968)に復元されている。同じような題材では1929年に東京二十景の中で「桔梗門(ききょうもん)」を描いており、その図柄には入道雲が描かれていることから夏かと思われる。桔梗門は内桜田門とも呼ばれており、この門を入ると江戸城三の丸で大名などの登城は、大手門と内桜田門(桔梗門)と定められていた。現在では皇居一般参観の入城門になっている。
(Mar.2025)
Cover Story 01東京都の蓋
カバーストーリーの最初はやはりぼくらの一番身近にある東京都の下水道のマンホールから始めたい。今一番多いのが上のデザインだと思う。東京都を象徴する3つのものがデザイン化して盛り込まれている。大きく描かれているのがソメイヨシノ。その花びらの間にあるのが都の木でもあるイチョウ。そして分かりにくいけど丸く連なっているのは都民の鳥であるユリカモメだ。 このデザインのマンホールは平成4年からだが都内にはまだまだ古い蓋が残っている。そういうのを探すのもマンホーラーの楽しみらしいが、ぼくは特定のマンホールを探しに行くことはない、身の回りや旅先で目に付くマンホールを愛でるのが信条だ。 一番最新の都のマンホール(平成13年から)は下のようなデザインで、大きくは今までのものと変わらないけど、中央にカラーバッチが付いているのが特徴。(ただし、このカラーバッチは色あせたり、欠けていることも多い)
緑色の中の二つが東京都が管轄する下水道エリアにおける座標でそのマンホールの位置を示す。その左のバッチはそのエリアにおけるマンホール設置の順番。一番右のバッチ(黄色)は設置時期をしめす年で2000年以降は色が変わって青色になっている。
なお、蓋の一番上に書かれている「T-20」とはJISで規定された耐荷重性能で20トンまでの車両に耐えうるという表示。デザインをよく見ると雨の日など水が溜まって耐滑性能が低下しないように蓋の上に雨が溜まらないように何回かデザイン変更が重ねられているようだ。東京にはこれらより古い昭和44年からの「東京市型」と呼ばれるいわば伝統的なデザインの蓋もまだ多く残っている。

これも事実上現役で一番古いデザインの東京都のマンホールは昭和44年~平成4年頃まで使われていた東京市型と呼ばれるこのデザインで、調べてみたらウチの周りではこのデザインのマンホールが圧倒的に多かった。しっかり現役である。デザイン的にはこのデザインが今でもJISの基本パターンになっているようだ。
[蛇足]
東京都のマンホールの基本的なデザインが好きでこんなものも買ってしまった。マンホール型のコースターなのだけれど、重さもあって丁度いいので今はペーパーウエイトとして使っている。

*cover Story…
普通Cover Story(カバーストーリー)と言えば、雑誌の表紙にまつわる特集記事でその時のcover は表紙のことを指している。Cover Storyにはもう一つ意味があって、辻褄を合わせるための作り話という意味もあるらしい。つまり嘘をcoverするための作り話という事だ。
でもここではcoverは「蓋」つまりマンホールの蓋の話というつもりで、もちろん英語にはそんな表現はないが…。要は蓋の話(Cover Story)である。英語にそんな意味はないと言われてしまえば確かに「身も蓋もない」話ではある。
(Feb.2025)
gillman*s Choice...
Spring is Here
ジャズのスタンダードには春の曲が結構多い。Suddenly it's Spring,Joy Spring,Another Spring,Some other Spring,It might as well be SpringやSpring will be a little late this year.なんていう長期予報みたいなタイトルも。
ぼくの好きな春の曲にブロッサム・ディアリーやニキ・パロットがよく歌っているThey say it's Spring.があるけど、これは「皆は春が来たから私もウキウキしているんだっていうけど、そうじゃないの、それはあなたがいるからよ」っていう、いわば恋の歌なのだけど、一方Spring is Here.はタイトルは似ているけど中身は反対だ。
直訳すれば「春はここに」だけれど、下の歌詞のように春が来たってみんなは言うけど、アタシなんかにゃ…というちょっとスネた内容なので、邦題は「春が来たと云うけれど」となっているらしい。
今ではジャズ・スタンダードナンバーになっているが、もとは1938年のミュージカル「私は天使と結婚した」のためのロジャース&ハートのコンビによる作品。そう、あの名曲My Funny Valentineのコンビ。
Spring is Here
[My Best 5 Albums]
(album/artist)
Portrait In Jazz
Bill Evans Trio
ゆったりとしたテンポの曲でしみじみと春を感じる。この曲はボーカルにも何曲か名演がある。歌詞を読むと本当は憂鬱な春なんだけれど…エバンスのピアノはけだるい春と複雑な女心をしみじみとうたっている。ぼくは最近は朝この曲を聴くことが多い。Evansにはこれ以外にも春にちなんで言えば"You must believe in Spring"というアルバムがあるが、これも素敵。
Cool Chris
Chris Connor
語りに近いイントロのところをクリスがちょっとかすれ気味の声で歌い出すとぼくの心は一気に1950年代のあの世界に引き込まれてしまう。といってもその頃はぼくはまだ子供でそれに海の向こうの世界だけれど、まだ男が男で、女が女だった世界の幻想がぼくの深層心理に刷り込まれている。
Sings Ballads
Rosemary Clooney
このアルバムはR.クルーニーのアルバムの中でもぼくの一番のお気に入りのもの。晩年の作品だけれどジャズシガーとしてのロージーの完成形がここにあると思う。この曲ではバックの演奏はエド・ビカートのギターだけ。他の曲もフルバンドをバックにした昔のロージーから変わって、小編成のセッションと語り合うように歌っていて何度聴いても心に響く。
Anita Swings Rodgers And Hart (DT Remaster)
Anita O'Day/Billy May: Orchestra
フルバンドをバックにスキャットで始まるアニタのSpeing is Hereは黄金時代のジャズの輝きに満ちている。ちょっと気だるそうにそれでいてスウィンギーに、白い長い手袋をして舞台の中央に立つアニタの姿が彷彿とするような雰囲気が伝わってくる。古い録音のフルバンドの音もデジタルリマスターで聴きやすくなっている。
さくらさくら Sakura Sakura
Nicki Parrott
ニッキ・パロットは最近ぼくがよく聴くジャズ歌手の一人だ。ちょっと甘ったるい声は一瞬往年のブロッサム・デアリーを思わせるところがあるけれど、歌い方はもう少しモダンでクールっぽいかもしれない。このアルバムでのSpring is Hereもバックはギター一本のみ。それで彼女の巧さが引き立っている。Sakura Sakuraと題されたアルバムは今聴くのにぴったり。April in Paris.など春にまつわる歌ばかり入っている。中でもYou must believe in Spring.が特に素晴らしかった。♪Spring is Here
Spring is here
Why doesn't my heart go dancing?
Spring is here
Why isn't the waltz entrancing?
No desire,
No ambition leads me
Maybe it's because nobody needs me
Spring is here
Why doesn't the breeze delight me?
Stars appear
Why doesn't the night invite me?
Maybe it's because nobody loves me
Spring is here, I hear
(March 2013 revised March 2025)