2024年07月26日

ツーリズムを考える

ツーリズムを考える
 
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 先月のそろそろ梅雨が始まろうという頃、友人がぼくとカミさんを一泊二日の温泉旅行に誘ってくれたので久しぶりに彼の車で山中湖方面にでかけた。初日にはまっすぐホテルに入るには時間が早いので山中湖近くにある「花の都公園」に寄った。花の端境期なのか広々とした花壇には全く花が見えない、二枚目の写真は辛うじてそこだけネモフィラが咲いていた一角を撮ったものだけれどそれ以外は全く花の気配はない。

 よくある「ばえ写真」ってこういうものなんだろうなぁ。それを見る人は勝手にその光景を写真の外側にも広げて想像してしまうのだけれど、もちろんそれは現実とは違ったりして…。ところが最近はややこしいことに例えばその写真で半分くらいのスペースにしか花が咲いていなくても生成AIが画面いっぱいの満開状態に変えてくれる。便利だが使いすぎると現実離れした欺瞞的な世界に浸ることになる。

 公園は広いので園内の他所には咲いている所もあるかと思って入園したが全く咲いていなかった。花は咲いていなかったが最盛期と同じ料金をとられてどうにも腑に落ちなかった。(時期によって無料から600円まで3段階に分かれているが、せめて入り口で今はどこも咲いていないという案内が欲しかった)

 二日目も帰る前に時間があるので忍野八海に寄っていった。30年くらい前はキャンプの道すがら何度か寄ったこともありひなびた良いところだったけれど、今はその原型をとどめない、というかものすごい変わりようだった。いくつかある湧き水の出る池を囲んで土産物屋や食べ物屋が立ち並び一見アメ横にいるような錯覚に陥る。

 目玉となる一番大きな池をよく見るためには土産物屋の中を通らなければ行けないようにしてある。もちろん以前はそんなことはなかった。あちこちで観光客の大きな声が響き渡り、ほとんど日本語を聴くことはできない状態。それでもようやく一枚目のような写真を撮って早々に退散。ぼくやカミさんはちょっと辟易したけれど、初めて来たという友人に同行した彼の倅は「活気があって面白いところですね」という、ぼくには意外な印象。そういう見方もあるのか。

 今、日本中に蔓延しつつある観光地で客に群がり金をむしり取るような(とぼくには見える)商店の光景や逆にSNSでバズった「ばえシーン」に群がる観光客を見ていると、大昔ネス湖の近くの街インバーネスを訪れたときのことを懐かしく思い出す。

 当時からネス湖の怪獣ネッシーは世界的に有名だったので、日本人的に考えるとインバーネスにはネッシークッキーだの、ネッシーまんじゅう(笑)だの、ネッシーキャンデーだの、ネッシーのぬいぐるみだの、色々な土産物を売っているんだろうなぁ、と想像していた。ところがそこで見かけたのは何種類かの絵葉書と小さなキーホルダーだけ。ちょっと拍子抜けしたのを覚えている。街は静かで本当に良いところだった。あの時代が懐かしいなぁ。
 

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 *とは言え、泊まったホテルのお風呂と食事は素晴らしかったので大満足でした。ぼくには観光地を見て回るよりコロナ以前には沖縄でやっていた散歩→昼寝→読書→夜の飲んだくれ、という気ままサイクル旅が向いているような気がします。近場でそういうのんびりできる場所が見つかると良いのですが…。もちろんお手軽な値段でというのが条件ですが。

 ぼくのこういうスタイルがいつ頃から身についたか考えてみたら、まだ若いころ毎年夏場に両親が四万温泉に湯治に行っていたのですが、ぼくも会社で夏休みがとれたら必ずそこに行っていたのでその頃のスタイルがそうだったような気がします。湯治生活は一日三回風呂に入ってその間は昼寝と読書か散歩、夜は温泉街の総菜屋で買ってきた総菜を肴に飲んだくれていました。
 

posted by gillman at 10:36| Comment(9) | 新隠居主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする