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憎しみのマグマ
Column Ansicht
憎しみのマグマ

ドイツ連邦の大統領シュタインマイヤーは外務大臣を2回計8年間も勤め上げたベテランの政治家で穏健な政治家として内外の人望も厚い。その彼が前のアメリカ大統領選の時、トランプを珍しく「Hassenprediger(憎しみの伝道師)」という強い言葉を使って非難した。
激しい言葉で対立と憎しみを煽る政治手法に踊らされ道を誤ったドイツの歴史の記憶が蘇ったからかは分からないが、やはりかつて同じような道を辿った日本の政治家からは不思議とそのような声は聞こえてこない。
シュタインマイヤーの脳裏にはドイツの足元でも、フランスでも同じような動きがあることや、かの国だけではなく中東や東欧や中南米など世界のあらゆるところで憎しみのマグマが溜まっており、それがポピュリズムという言葉だけでは捉えきれない程の強権的な体制を生み出しつつあることへの不安がよぎっていたのだろうと思う。
ぼくらの暮らす日常の世界には色々な動きがある。右へ吹く風もあれば、左に吹く風の日もある。ところが、何かの拍子でその風向きのベクトルが一斉に同じような方向を向いてしまうことがある。その風がやがて「時代」という大きな流れに連なって行く恐怖心を今誰しもが感じているのではないか。それが一旦時代の流れとなると、もう個人の力で抗う事は困難になるのだ。

大昔にドイツの大戦間史(Zwischenkriegszeit)というのをちょっとかじった事がある。それはつまり第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の歴史なのだけど、奈落へと突き進んでゆくその時期と現在の状況がとても似ている気がする。
具体的には国際秩序の不安定化、大国間の勢力バランスの変化、経済的不安と格差などの社会不満、ナショナリズムの高まりそして何と言っても民主主義の後退など、各々の項目で大戦間時代と現代との驚くほどの酷似性がある。
だが確かに言えることは核兵器の出現によって現代が第二の大戦間時代になることはできないということだ。もう、その次はない。今、歴史の先祖返りのような恐怖感が襲ってくる。 (Mar.2026)
Charlie Parker
I remember...
Charlie Parker

(†1955年3月12日)
チャーリー・パーカー(Charlie Parker)を聴くようになるまではぼくはジャズの管楽器があまり好きではなかった。だからぼくの初期のLPの中にはピアノトリオか 管の入っていない小編成のコンボが殆どだった。でも管はすべてダメだったかというと、木管のクラリネットなどは好きで特にバディ・デフランコは大好きだった。 パーカーで管アレルギーがとれてからはマイルス・デイヴィスやウィントン・マルサリスなども聴くようになった。管を聴くようになったもう一つの理由は趣味のオーディオで最後のスピーカーTANNOYに行きついたことも大きいかもしれない。それ以来50年間そのスピーカーで聴いている。耳障りに聞こえていた金管の高音部が安心して楽しめるようになった。
ジャズの管の魅力に気づかせてくれた恩人のパーカーだが、その人生は薬(ヤク)と女で身を持ち崩す典型的な破滅型ジャズマンとしての生涯だったようだ。今は向こうで生前の異名だったBirdのように自由に羽ばたいていると思う。
[My Best Album]
April in Paris

(1957)
元は1950年にマーキュリーからリリースされたCharlie Parker With Strings Vol. 1&2で1956年にそれを一枚でVerveがリリースしたのが本LP(CD)。アルバムはThe Genius of Charlie Parker#2としてあり、そのサブタイトルにはやはりCharlie Parker With Stringsとある。
このアルバムではタイトルのWith Stringsにあるようにストリングスをバックにパーカーのサックスがスタンダードを歌い上げている。まさに「歌っている」という感じがぼくの金管アレルギーを払拭してくれたのだと思う。今でも事あるごとに聴くアルバムになっている。特に二曲目のSummertimeと12曲目のI'll Remember Aprilは歌いまくっている。演奏はそうそうたるメンバーだけれど、中にオーボエとホルンで後年テレビショーの「ミッチ・ミラー合唱団」で人気を博したミッチ・ミラーが入っているのが興味深い。
[曲名]
1.エイプリル・イン・パリ
2.サマータイム
3.イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー
4.時さえ忘れて
5.エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー
6.ジャスト・フレンズ
7.誰も奪えぬこの想い
8.アウト・オブ・ノーホエア
9.イースト・オブ・ザ・サン
10.イージー・トゥ・ラヴ
11.恋の気分で
12.四月の想い出
13.ダンシング・イン・ザ・ダーク
14.ローラ
15.オータム・イン・ニューヨーク
16.星影のステラ
[Personnel]
Charlie Parker(as)
Stan Freeman(p)
Ray Brown(b)
Buddy Rich(ds)
Mitch Miller (oboe,e-horn)
*1949年11月30日、1950年7月5日、1952年1月22日、ニューヨークにて録音
(Mar.2026)
Robert Mapplethorpe
I Remember...
ロバート・メイプルソープ

(†1989年3月9日)
ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe 1946年11月4日生)はアメリカの写真家でヌードや花の素晴らしい写真を残しているけど、1989年おしくも42歳という若さでエイズで亡くなった。 ぼくはそんなに多くの彼の写真を観たわけではないし、写真集も2冊持っているだけだけれど、どの作品も忘れ難い。人物を撮るときは時としてしてフェティッシュな感じがするけどどれも美しいだけでなく今まで考えられなかったようなフォルムなど独特の美に溢れている。
ヌードでは日本で1994年に猥褻図画訴訟のいわゆる「メープルソープ事件」で有名になってしまった。日本語でウィキペディアで彼の記述をみるとその事しか出ていないのは誠に残念。
彼の写真の領域は一部を除いてどれもスタジオ撮影が基本だが主に…
1.人物のポートレートやヌードなどの写真
とりわけ彫刻を思わせるヌード写真は古典的な感覚がある思う。しかし単純にギリシャ彫刻のようなものではなくその底流には彼が本能的に持っている官能というエキスが流れているように思う。

2.花の写真
例えば写真集「Flowers」を見れば、絶妙なカラーとフォルムは花自体の純粋な美しさを求めてまさに官能的ですらある。まずその花を活かす背景の色彩が目に飛び込んでくると同時に花の形がその花の存在を強く主張している。フォルムだけならモノクロの方が適しているかもしれないけれど(実際彼はモノクロでも花を撮っているがその構図、フォルムも素晴らしい)、この写真集の中では色があることによって形と色がお互いを引き立て理想的な関係にあるように思えて彼の写真の中では一番好きな分野だ。

3.フェテッシュな写真
強い調子のモノクロによるSMなどのフェテッシュでBizzareな写真群。ぼくは回顧展カタログの一端で見ただけなのでよくは分からないけれど、これもまた彼の美的世界の底流を流れているものであることは間違いない。
どの写真領域でもぼくが彼の写真で感じるのは無限に続く静謐な空気で、それはもしかしたら禅のような感覚を彼も持っていたのではないかと思ったりしている。

Flowers

Robert Mapplethorpe (Mar 2026)
[I remember…ぼくの電子過去帳]
98歳で亡くなったウチのお袋は、毎朝「過去帳」を開いてその日の月命日の身内や知人にお経をあげていた。年寄りの古臭い習慣かも知れないけれど、ぼくは好きだ。それを見るたびに自分がどれだけ、色んな人から縁を貰って生きながらえているかが実感出来るから。
お袋の過去帳ではなけれど、ぼくも自分のパソコンのカレンダーに身内や知人の他にも好きな音楽家、歌手や作家、画家などの命日を書き込んでいる。そうすると、ぼくらは如何に過去の人達から多くの贈り物を貰って暮らしているかが感じられる。その日が近づくとちょっとその人の歌や作品について味わい直してみたくなる。
(2018年記す)
ドナルド・キーン
I remember...
ドナルド・キーン(†2019年2月24日)
2月24日でドナルド・キーンさんが亡くなって丸七年になる。養子のキーン誠己(せいき)さんがこの日を「黄犬(キーン)忌」と名付けたらしいが、これはキーンさんが生前から自分の署名に黄犬(キーン)を良く使っていたかららしい。ドナルド・キーンさんのぼくの好きな本に「日本人の質問」というのがあって、昔新書版の本で読んだことがある(近年文庫版で再出版されている)。元原稿は多分30年以上も前に書かれたものだから今とは状況も違っているかもしれないが、留学生たちの話を聞いているとキーンさんの書いたことと同じようなことが今でもあるみたいで面白い。
学生たちが日本に来て必ず聞かれるのは「納豆は食べられますか?」「お寿司は好きですか?」「生卵は大丈夫?」「皆と一緒に温泉に入れますか?」「日本語は難しいですか?」等など。キーンさんも本書の中で「…日本人でも刺身を食べない人がいるのに、私に「お刺身は無理でしょうね」と尋ねる人は、変な日本人の方には関心を持たないようである。…」と言っている。
また彼は日本人にあまりうるさく「食べられないものはないか」と聞かれたら「人肉があまり好きではない」とか「ワニの卵が嫌いです」とか言いたくなる時があるとも…。まぁ、日本人の方は話のとっかかりの一つとして聞いている面があるのだけれど、のべつ幕なしに同じような事を聞かれる方にとってはたまらないかもしれない。ましてやキーンさんのように日本に何十年も住んでいて、日本文化に関する知識もそんじょそこらの日本人にはかなわないような人にとっては尚更である。
ぼくが以前大学で日本語の社会人クラスを担当していた時も、もう長いこと日本に住んでいる外国人の受講生もいて同じようなことを言っていた。そんな時どういう風に答えているかが興味もあったので、何人かの受講生たちと話してどんなことを聞かれたかメモしてきた。極めて個人的な質問もあったけれど、そういうものを除くとやはり食べ物に関してが多い。あとは自分の国の事とか、日本で驚いたこと、行きたい場所など等…。
ドナルド・キーンさんの日本文化に関する著書の中でも比較的読みやすく、日本人が自分の文化を見直す良いきっかけになりそうな本で「日本人の質問」以外にも下記の本が特に面白かった。
■
日本語の美
ぼくらがもう忘れてしまった日本語が現代日本語にたどり着くまでに特に明治時代以降に起きていたことや、Ⅱ部ではキーンさんの広い交友の中での人物像なども語られていて興味深い。■
果てしなく美しい日本
元は英語で書かれたものを訳者が翻訳している。キーンさんのかなり初期の著書で第一部はLIVING JAPANといういわば日本文化史的な内容であり、二部は世界の中の日本文化と題した日本文化論的エッセイで生涯変わらなかった彼の日本への愛の原点のような著書。読みごたえがある。■
日本人の美意識
中世からの日本文学や演劇に造詣の深いキーンさんの目から見た日本文化、そしてそれが明治以降にどう変質していったかという洞察も興味深い。そして日本人が持つ曖昧性に根付いた美意識など、指摘されて初めて思い当たる点もあり、これも読み応えのある本となっている。(Feb.2026)
Blossom Dearie
I remember...
ブロッサム・ディアリー

(†2009年2月7日) ジャズ・ボーカリストでピアニストのBlossom Dearie(ブロッサム・デアリー)の歌声は一度聴いたら忘れることは無いと思う。アメリカのある音楽批評家がチェット・ベーカーとベティ・ブープの間に子供ができたら、それはブロッサム・ディアリーになるだろうと言ったことがあるけど、それは彼女の一面をそれなりに言い当てているかもしれない。
尤もベティ・ブープと言ったって今では知っている人も少なくなってしまったかもしれないけれど、アメリカのマンガに出てくる「ベティさん」なのだが、そのベティさんの声は何と言ったら良いかマリリン・モンローの声をさらに砂糖でまぶしたような甘さだ。
そう言うと、それだけで大抵の人はもうノーサンキューと言うだろうと思うけど、ディアリーの歌声はそういう甘さではない、と言うか聴いている内にそういうモノとは全く異質なモノであることが分かる。彼女のファンの多くが、彼女はその声の甘さゆえに不当に低く評価されているという不満を持っているし、ぼくもその一人だ。彼女のピアノも歌も繊細でソフィスティケートされていてジャズとして申し分のないものだと思う。
彼女はアメリカ人だけども一時フランスで活動していたことがある。そこでミシェル・ルグランの実姉であるクリスチャン・ルグランらとコーラスグループの「ブルー・スターズ」を結成した。それはやがて「ダブル・シックス・オブ・パリ」そしてぼくの大好きなジャズ・ボーカルグループである「スウィングル・シンガーズ」の系譜へと繋がってゆく。
彼女のアルバムではいつもバックにケニー・バレル(gtuitar)、レイ・ブラウ(base)やジョー・ジョーンズ(drums)などのそうそうたるメンバーが脇を固めている。それは彼女の歌がジャズ界でそれなりのレスペクトを受けているという証左でもあるだろう。
以前ユーチューブで彼女の晩年のステージを見ていた時、舞台の上から客席に「写真はダメって言ったでしょ」とピシャリと言ったシーンを見て芯の強い人だなあと思った事があるけど、彼女の歌がただのスウィート・ボイスのふやけた歌にならないのは、そういう凛とした芯の強さに支えられているからかも知れない。
Blossom Dearie Albums
My Best 5
Blossom Dearie Sings Comden & Green

(1959)
彼女がヴァーヴレコードに移って4枚目のLPだと思うが、ぼくは彼女らしさが出ていてこのアルバムが一番好きだ。曲がミュージカル「Singin' in the Rain」でお馴染みのComden&GreenことBetty ComdenとAdolph Greenコンビの作詞曲にフォーカスをあてていることも魅力のひとつとなっている。
全体にしっとりとしたムードが流れていて聴いていると癒される気がする。中でもぼくは一曲目の「Lucky to be me」が大好きだ。この曲はミュージカル「On the Town」の中の曲で作詞がComden&Greenそして作曲はレオナード・バーンスタイン、何ともチャーミングで美しい歌だ。ディアリーが歌うとホントに乙女心が伝わってくる。
2曲目の「Just in Time」(作曲:ジュール・スタイン)も5曲目の「I Love Myself」(作曲:アンドレ・プレヴィン)もすばらしいし、このアルバムには他にも好い曲がふんだんに入っている。ピアノはディアリー自身、ギターはケニー・バレル、ベースがレイ・ブラウン、そしてドラムスはエド・シグペンとバックも申し分ない。ジャケットにはComdenとGreenも写っている。
Blossom Dearie

(1957)
彼女の名前を冠したこのアルバムがヴァーヴレコードでの最初のアルバムとなった。その前年にバークレーレコードから出したアルバム「April in Paris」はピアニストとしての参加だから、ジャズシンガーしての初のアルバムでもある。
ジャケットの写真も好いなぁ。彼女をクールなジャズシンガーとして売り出そうとしていたヴァーヴの意気込みが垣間見られるかも。この頃の彼女はアメリカとフランスを行き来していたこともあって、このアルバムには4曲目のComment Allez-Vousや7曲目のIt might as well be spring、8曲目のTout Documentなどフランス語で歌っている曲も入っている。
最後の曲「A Fine Spring Morning」なんかは歌詞の韻を踏んだリフレインの部分がとても心地よくて好きだ
Personnelは以下のようにこれもゴージャス。
Blossom Dearie – piano, vocals
Herb Ellis – guitar
Ray Brown – double bass
Jo Jones – drums
Give Him The Ooh-La-La

(1957)
ヴァーヴレコードでのファーストアルバムが調子よかったので、翌年矢継ぎ早にこのアルバムが出された。プロデューサーにディアリーと名を連ねてノーマン・グランツの名が出ているので彼もかなりリキを入れているんだなということがわかる。
そもそもヴァーヴレコードで録音することをディアリーに個人的に勧めたのは彼らしいのだ。このアルバムは「Just one of these things」の軽快なリズムで始まる。その他にも「Between the devil and the deep blue sea」や「Bang goes the drum (and you're in love)」などアップテンポの曲も多く、前のアルバムのしっとりとしたディアリーの魅力とはまた異なる面を見せている。バックは前年のアルバム同様ギターがハーブ・エリス、レイ・ブラウンそしてドラムスはジョー・ジョーンズ。
Once Upon A Summertime

(1958)
ディアリーのヴァーヴでの三枚目のアルバム。前の二枚のアルバムとはちょっと異なっていわゆるスタンダード・ナンバーが目白押しのアルバムとなっている。
アルバムのライナーノーツによるとディアリーはこの企画に余り乗り気ではなかったらしい。ある時ノーマン・グランツから説得されて録音に…。彼は当時録音の大御所だったTom Nolaと組んで、ベースにレイ・ブラウン、ギターはマンデル・ローそしてドラムスがエド・シグペンを入れると言った。
選曲とアレンジはぼくがやるからと…。で、頑固なディアリーも折れた。グランツの目論見は当たったと思う。「Tea for two」や「Teach me tonight」などお馴染みの曲が入った楽しいアルバムになっている。
Blossom Dearie Sings Rootin' Songs

(1963)
ディアリーがヴァーヴレコードを去ってからのアルバム。新たなハイヤーズでは結局この一枚のアルバムだけのようだ。というのも当たり前だけど、このアルバムはもともと1962年にルートビヤーという清涼飲料のノベルティーとして配られたもの。その飲料会社がハイヤーズでレコード会社ではないのだから。
アルバムタイトルの「Rootin' Songs」とは良くかけられる曲と言ったような意味で当時の人気ナンバーが多く入っている。そのアルバムの現物は村上春樹氏が秘蔵していることでも有名だけれど、有難いことに2008年日本の会社からCD化されて聴くことが出来る。聴いてすぐ気が付くのはこのアルバムでの彼女の声は今までの他のアルバムと異なって声のビブラートがとても目立つということだ。録音のせいばかりではないと思うけど。
「Fly Me to the Moon」や「Days of Wine and Roses」などお馴染みの曲が入っている。このアルバムではディアリーのピアノはなく、歌手に徹している。このアルバムが作られた経緯と配布方法をみれば容易に想像できると思うけれど、全体的雰囲気としてはカチッとしたジャズィーな雰囲気というよりはよりポップス風のドリス・ディやパティ・ペイジ的雰囲気のアルバムに仕上がっている。もちろんこれはこれで楽しい。文句なく楽しいし、もしかしたらこのアルバムは、これ以降のダッフォディル・レコードへ繋がる道を指し示しているかもしれない。
Personnelは以下の通り。
Blossom Dearie – Vocals
Joe Harnell – Piano, Arranger
Jerome Richardson – Flute, Sax (Tenor)
Dick Romoff – Bass
Todd Sommer – Drums
ここでは主にヴァーヴ時代の彼女のアルバムを挙げたけれども、もちろんそれ以降に自分で立ち上げたダッフォディル・レコード時代にも素晴らしいアルバムがあると思う。実はその時代の彼女の歌はまだ余り聴いていないのだけれど、おいおいと聴いてゆきたいと思っている。その中にもしかしたらこのBest5にとって代わるものがあるかもしれない。それを期待してもいるのだけれど…。 (revised Feb.2026/Jan.2018)
Patricia Highsmith
I remember...
パトリシア・ハイスミス

(†1995年2月4日)
若いころ内容も知らずただ名前がカッコいいというだけで憧れていたアメリカの作家が三人いる。それがレイモンド・チャンドラーとパトリシア・ハイスミス(Patricia Highsmith)そしてミッキー・スピレインだ。チャンドラーの探偵フィリップ・マーローシリーズは読んだけれど、パトリシア・ハイスミスの作品は原作は殆ど読んでいないのですべて映画の世界なのだけれど、それはそれでハイスミスの作品を各映画監督がどう料理するかという別の楽しみが待っている。
そのハイスミス自身については彼女がどう言う人物かは全く知らなかったけれど、ドキュメンタリー映画の「パトリシア・ハイスミスに恋して(Loving Patricia Highsmith) 」を観てアウトラインが分かってきた。彼女は生涯レズビアンでこの映画では彼女が移り住んだ国々のアメリカ人、イギリス人、フランス人やドイツ人の恋人(女性)たちのインタビューなどで構成されている。

小説で展開される深い闇のもとが彼女の不幸な生い立ちに関係しているかもしれない。彼女の母は彼女が生まれる前に離婚し、母は何とか彼女を流産しないかといろいろと画策したようだ。自分は望まれなかった子供だと感じていたが、ハイスミスの母を慕う気持ちは強かった。
小説家としても名をなしても母に対する思慕は変わらずに面倒もみたが、結局それはずっと一方通行の愛だったようだ。後年ハイスミスは白血病を発症する。最終的にはハイスミスは母と決別し、法的にも離脱、母には遺産も残さないようにしたらしい。
ハイスミスは自分の小説を犯罪小説とは考えていないと言っている。日常生活ではできないことを小説の中でやっているだけと…。そんな様々な思いがいろいろな悪事を働いても逃げおおせる登場人物トム・リプリーの姿にダブってくる。ハイスミスは若いころ一遍だけレズビアン小説「キャロライン」を書き、別のペンネームで出版している。
当時同性愛者の小説は報いを得て最後は悲劇で終わるというのが通例だが、彼女のその小説はハッピーエンドで終わるところに彼女の最大の主張があったようだ。後年名を成してから彼女はその小説を自分の名前で再出版している。
ハイスミス原作の最初のヒット映画はアルレッド・ヒッチコック監督の「見知らぬ乗客(STRANGER ON THE TRAIN/1951)」でぼくの大好きなサスペンス作品だ。ハイスミスの名を知らしめた作品でもある。

ハイスミス原作の作品で一番日本人になじみ深いのがアラン・ドロンの出世作ともなったルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい(PLEIN SOLEIL/1960)」だろう。一見クールな好青年に見える若者リプリーの闇の世界を描いて秀逸な映画だが、この主人公であるトム・リプリーを主役にした作品をハイスミスは何作か書いている。リプリー・シリーズは悪事を働いても捕まらず逃げおおせるという変わった犯罪小説シリーズだ。(尤もハイスミス自身は犯罪小説ではないと言っているが…) 
そのリプリーが晩年、贋作づくりの画商として登場するのが「アメリカの友人」(DER AMERIKANISCHE FREUND/1977)で監督はヴィム・ベンダース。画面には北ドイツの暗く陰鬱とした風景が広がっている。あの「太陽がいっぱい」の陽の光にあふれた世界とは対照的だ。久々のデニス・ホッパーとドイツの名優ブルーノ・ガンツがガチンコの演技を繰り広げている。本作のアメリカでのタイトルはRipley's Game(リプリーのゲーム)となっている。

(Feb.2026)
Cartoons 06
German Cartoon
今週のドイツ・ジョーク
色々ありますなぁ…

A「おい、ネットでやり取りしていた女性とやっと会えたんだってな。彼女は君と暮らすために今の亭主と別れたいって言ってたんだろ」
B「もう何も言ってくれるなよ。それ俺のカミさんだったんだよ」

A「オレ、父親になるんだ」
B「すげぇ、おめでとう! なのに、なんでそんな浮かない顔してんだよ」
A「カミさんはまだその事知らないんだよ…」
それでも地球は回っている…
楽園の夕べ
gillman*s Choice
楽園の夕べ

ルシア・ベルリン著
岸本佐知子訳
待望のルシア・ベルリンの三冊目の作品集が出た。彼女の作品集は2015年に出版されたA Manual for Cleaning Woman(掃除婦のための手引き書)でこれは日本では「掃除婦のための手引き書」と「すべての月、すべての年」の二冊に分けて出版されている。 今回出版された「楽園の夕べ」は2018年に出版されたEvening Paridiseの翻訳で22編の作品が含まれている。どれもほぼ彼女の自伝的作品で彼女の作品を貫くオートフィクションという手法で語られている。
オートフィクションとは文芸評論家リディア・デイヴィスの言葉を借りれば「…実際のできごとをごくわずか、それとわからないほどに変える必要はどうしても出てくる。事実をねじ曲げるのではなく、変容させるのです。するとその物語それ自体が真実になる、書き手にとってだけでなく、読者にとっても。すぐれた小説を読む喜びは、事実関係ではなく、そこに書かれた真実に共鳴できたときだからです」ということになる。
作品集はどれを読んでも独特の文体の中にルシア・ワールドが展開されており、読む者にとっては好きになるか全く受け入れられないかのどちらかになりそうである。本屋で手に取って、読むか読まないかのチョイスはその場でできそうな…。感性にあたればすぐに引きずり込まれてしまう。ウイスキーで言えばアクの強のアイラのシングルモルトみたいなものかな。
あとは読んでみてもらうしかないので…。余談になるけど、今回の作品集の最初の作品「オルゴールつき化粧ボックス」の中にこんな一節があった。「…一九四三年当時のエルパソは、どっちを向いても戦争の話だった。祖父は毎日のようにアーニー・パイルの署名記事をスクラップし、メイミーはお祈りした。母は赤十字のボランティアで病院に行き、傷病兵とブリッジをした」
ぼくはこの中の「アーニー・パイル」という名前に引っかかった。どこかで聞いたことのある名前なのだ。調べてみるとピューリッツアー賞もとった従軍記者で沖縄で戦死している。それで何となく思い出した。その思い出は幼いころ見たであろう銀座四丁目の交差点の光景につながっていた。
交差点の真ん中にアメリカ軍のMPが立っててきぱきと交通整理をしている。夏だったような気がする、彼の履く長靴には眩しいような白いカヴァーがかかっていた。ぼくが幼稚園か小学校に入った頃のことだと思うけど、それは夢の中の幻のように浮かび上がってくる。もしかしたらほんとうに幻だったのかもしれない。
その銀座にその頃日本人の入れない劇場があったということを聞いたのはもう高校生になってからのことだが、その劇場の名前が「アーニー・パイル劇場」だった。その名前をぼくはてっきり女性の名前だと思っていた。兵隊のアイドルみたいな女優の名前を冠した劇場だと。でもそれは殉職した新聞記者の名前だった。その劇場がアメリカ軍に接収された東京宝塚歌劇場のことだと知ったのはもっと後のことだった。

(Nov.2025)
Cartoons 06
Early Color
gillman*s Choice
ぼくの好きなアーリーカラー写真
Ernst Haas最近またフィルム写真が流行っているらしい。らしい、というのは自分でまたフィルムで撮ったりはしないし知り合いでそうしている人も居ないので、実感はないのだけれどSNS等では確かにフィルム撮影の画像が増えている感じもする。
フィルムファンには色々な理由があるのだろうけど、大概口をそろえて言うのはデジタルは映りすぎる、というのが多い。最初はデジタル写真なんぞは論外だと言われながら今まで血のにじむような努力をしてきた技術者にしてみれば…残念な言われようだ。
ちなみにぼくはどちらが良いというよりは表現手段が多様化したと捉えた方がいいように思う。持ち味が違うのだから表現の幅は広く残しておいた方がアーチストにとっても良いのだけれど、ただフィルムの場合は誰かがフィルムというものを作り続けてくれなけば成り立たない弱みがある。
初期のフィルム、デジタル論争のようにカラー写真の登場した時も、あんなものは写真ではないモノクロこそが写真なのだという論争があったが、これも不毛な論争だと思う。つまり見えてくるものが違うのだから善し悪しの問題ではないと…。ただぼくは何となく感じるのがフィルム写真にノスタルジーを感じるのと似たような感情でアーリーカラーの写真に強いノスタルジーを感じる。
アーリーカラーというのは厳密な定義はないのだが、この言葉は2006年にドイツの出版社シュタイデル社が長い間日の目を見なかったソール・ライターの1950年代の(写真集では1948-1960)初期のカラーフィルムで撮った写真の写真集を出したときに使った言葉だった。
当時はまだ技術的にも発色も良くないこともあって相手にされず世間には出なかったのかもしれないが、今改めて見るとそこにはいわば古き良き時代のノスタルジックな空気感と写真という世界に色を見つけ出した喜びにも溢れている。ぼくもその空気感が好きだ。
Early Color
My Favourite 5
Hut (1958)
ソウル・ライター写真集「Early Color」より
白線の引かれたアンツーカーのような地面の上に真っ白なパナマ帽が置かれている。どういう状況なのだろう。ベンチで観戦していた紳士のものだろうか。見る者の想像を駆り立てる。

フロレット(1954)
ジャック=アンリ・ラルティーグ「幸せの瞬間をつかまえて」展図録より
日常を捉えたラルティーグの写真はどれも動的で生き生きとしている。ヴァンスで妻のフロレットを撮ったこの一枚は色彩の喜びに溢れている。

Location unknown(1956)
ヴィヴィアン・マイヤー写真集「The Color Work」より
死後に発見されたヴィヴィアンの大半の写真は現像さえされないまま放置されていた。ローアングルで都会を活写した彼女の視線は眩しいばかりの色彩もしっかりと捉えていた。

Rush Hour(1957)
エルンスト・ハース写真集「New York Color 1952-1962」より
ウィーン生まれのハースは色彩の魔術師と呼ばれ1950年代からカラー写真を撮り始めている。光の渦のようなニューヨークの光景。ハースのこの写真集はノスタルジックな都会の色で溢れている。

子供二人(1955)
藤田嗣治「藤田嗣治 絵画と写真」展図録より
先日の展覧会で初めて藤田の撮った数々の写真を見て驚いた。もちろん最初は絵を描くための資料として写真を撮っていたが、この写真のようにそれらは次第に写真のための写真、つまり独立した表現手段としての写真を撮りだしていることに驚いた。

(Aug.2025)
パトリシア・ハイスミスに恋して
gillman*s Choice
映画
パトリシア・ハイスミスに恋して
パトリシア・ハイスミス自身については彼女がどう言う人物かは全く知らなかったけれど、このドキュメンタリー映画の「パトリシア・ハイスミスに恋して」を観てアウトラインが分かってきた。彼女は生涯レズビアンでこの映画では彼女が移り住んだ国々のアメリカ人、イギリス人、フランス人やドイツ人の恋人(女性)たちのインタビューなどで構成されている。
小説で展開される深い闇のもとが彼女の不幸な生い立ちに関係しているかもしれない。彼女の母は彼女が生まれる前に離婚し、母は何とか彼女を流産しないかといろいろと画策したようだ。自分は望まれなかった子供だと感じていたが、ハイスミスの母を慕う気持ちは強かった。
小説家としても名をなしても母に対する思慕は変わらずに面倒もみたが、結局それはずっと一方通行の愛だったようだ。後年ハイスミスは白血病を発症する。最終的にはハイスミスは母と決別し、法的にも離脱、母には遺産も残さないようにしたらしい。
ハイスミスは自分の小説を犯罪小説とは考えていないと言っている。日常生活ではできないことを小説の中でやっているだけと…。そんな様々な思いがいろいろな悪事を働いても逃げおおせるトム・リプリーの姿にダブってくる。
ハイスミスは若いころ一遍だけレズビアン小説「キャロル」を書き、別のペンネームで出版している。当時同性愛者の小説は報いを得て最後は悲劇で終わるというのが通例だが、彼女のその小説はハッピーエンドで終わるところに彼女の最大の主張があったようだ。後年名を成してから彼女はその小説を自分の名前で再出版している。
[
主な映画化作品]
パトリシア・ハイスミス原作の最初のヒット映画はアルレッド・ヒッチコック監督の「見知らぬ乗客(STRANGER ON THE TRAIN/1951)」でぼくの大好きなサスペンス作品だ。ハイスミスの名を知らしめた作品でもある。
ハイスミス原作の作品で一番日本人になじみ深いのがアラン・ドロンの出世作ともなったルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい(PLEIN SOLEIL/1960)」だろう。一見クールな好青年に見える若者リプリーの闇の世界を描いて秀逸な映画だ。
そのリプリーが晩年、贋作づくりの画商として登場するのが「アメリカの友人」(DER AMERIKANISCHE FREUND/1977)で監督はヴィム・ベンダース。画面には北ドイツの暗く陰鬱とした風景が広がっている。あの「太陽がいっぱい」の日の光にあふれた世界とは対照的だ。

(Jul.2025)
Cover Story 01
Cover Story 01東京都の蓋
カバーストーリーの最初はやはりぼくらの一番身近にある東京都の下水道のマンホールから始めたい。今一番多いのが上のデザインだと思う。東京都を象徴する3つのものがデザイン化して盛り込まれている。大きく描かれているのがソメイヨシノ。その花びらの間にあるのが都の木でもあるイチョウ。そして分かりにくいけど丸く連なっているのは都民の鳥であるユリカモメだ。 このデザインのマンホールは平成4年からだが都内にはまだまだ古い蓋が残っている。そういうのを探すのもマンホーラーの楽しみらしいが、ぼくは特定のマンホールを探しに行くことはない、身の回りや旅先で目に付くマンホールを愛でるのが信条だ。 一番最新の都のマンホール(平成13年から)は下のようなデザインで、大きくは今までのものと変わらないけど、中央にカラーバッチが付いているのが特徴。(ただし、このカラーバッチは色あせたり、欠けていることも多い)
緑色の中の二つが東京都が管轄する下水道エリアにおける座標でそのマンホールの位置を示す。その左のバッチはそのエリアにおけるマンホール設置の順番。一番右のバッチ(黄色)は設置時期をしめす年で2000年以降は色が変わって青色になっている。
なお、蓋の一番上に書かれている「T-20」とはJISで規定された耐荷重性能で20トンまでの車両に耐えうるという表示。デザインをよく見ると雨の日など水が溜まって耐滑性能が低下しないように蓋の上に雨が溜まらないように何回かデザイン変更が重ねられているようだ。東京にはこれらより古い昭和44年からの「東京市型」と呼ばれるいわば伝統的なデザインの蓋もまだ多く残っている。

これも事実上現役で一番古いデザインの東京都のマンホールは昭和44年~平成4年頃まで使われていた東京市型と呼ばれるこのデザインで、調べてみたらウチの周りではこのデザインのマンホールが圧倒的に多かった。しっかり現役である。デザイン的にはこのデザインが今でもJISの基本パターンになっているようだ。
[蛇足]
東京都のマンホールの基本的なデザインが好きでこんなものも買ってしまった。マンホール型のコースターなのだけれど、重さもあって丁度いいので今はペーパーウエイトとして使っている。

*cover Story…
普通Cover Story(カバーストーリー)と言えば、雑誌の表紙にまつわる特集記事でその時のcover は表紙のことを指している。Cover Storyにはもう一つ意味があって、辻褄を合わせるための作り話という意味もあるらしい。つまり嘘をcoverするための作り話という事だ。
でもここではcoverは「蓋」つまりマンホールの蓋の話というつもりで、もちろん英語にはそんな表現はないが…。要は蓋の話(Cover Story)である。英語にそんな意味はないと言われてしまえば確かに「身も蓋もない」話ではある。
(Feb.2025)
Cartoons 05
German Cartoons
笑いは文化のバロメーター
動物の登場するカートゥーンはドイツでも結構ある。擬人化されたものも多いけど中にはセリフ抜きでも笑えるものも…。
牛「そんなにスマホばかり見てんじゃないわよ」男「やめてくれよ。おまえオレの母ちゃんじゃないんだから」牛「あっそ、じゃなんでわたしのおっぱい飲んでるのさ」一本取られたね。
A魚「あっ、オシッコしたくなった」B魚「待て待て!! その前にもう一回深呼吸しとくから」そう言えば、スキューバダイバーは? 海の水は飲まないから大丈夫か。下の二つはあまり説明はいらない。
鼻かぜをひいたクジラ
確かにw
つづく...
(Feb.2025)
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マンホールだけでなく、人の足が映っているのもいいですね。
日本のカラーマンホールはデザインがよくて
全体がデザインされたマークのようです。
私は、子供の頃のメンコを連想したりします。
震災(津波)時その殆どが流され、何処のものだか全く分からなくなるそうで、位置データを入れたICを埋め込む事で素早く元に戻せるよう改善(上水下水等でサイズが違うそうな)震災後、道が穴だらけでは危険ですからね。
海外のマンホール、私も面白いのがあると撮る様にしています。
https://987.blog.ss-blog.jp/2019-10-26
NTTのマンホールの蓋はTのアルファベットを組み合わせた模様が多いのですが、昔のは電電公社のマークで、作られた年代を感じます。
マンホール式になっている地下埋設の防火水槽の蓋も容量が書いてあって、その数字の大きいのに出会うと訳も無くワクワクします。
確かにマンホールの意匠は面白い。
マンホールで気に入らないのは、おすい(汚水)と書いてあるものです。
もう少し綺麗さを表現してもいいのではと思っています。
いろいろなデザインがあって愉しいです。
...が、最近は装飾過多かなあ、というものもあったりして、気になります。
マンホーラーという言葉があるのは知りませんでした。
こうしてまとめて見てみると、なかなかいいデザインのものが多いですね。面白いと思います。
なってきているようですね^^
マンホールだけでなく、こういう人の姿が入っているのも
なかなか良いなぁと思います
周りの道路との調和とか、撮り方によって益々深い世界になりそうですね
海外では上ばかり見ていたのでしょうか。
まったくマンホールの蓋を撮っていませんでした。
マンホールの蓋を撮りにまた海外へ出たいものです。