2016年07月30日

世界は…

世界は…

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  なんか世界がちょっとザワザワしてきたような感じがする。ぼくは確たる政治的信念を持った人間ではないし、~イズムというものを余り信じない方なんだけれども、それでも日本や世界の政治がどんなベクトルをもって動こうとしているのかについては関心もあるし心配もしている。

 政治については全くの素人なので、もちろん何らかの専門的な分析ができるわけではない。しかし、自分の乏しい経験から、自分の身を守るために自分なりに一つの皮膚感覚のようなものを大事にしている。それは政治に関して、
  ①激しすぎる言葉
  ②シンプルすぎる論理
  ③勇ましい言動
この3つに対しては本能的に身構えるようになっている。心のどこかで「ちょっと待てよ」と囁く声が聞こえる。

 経験と言っても各々の項目に対応する明確な体験がある訳ではないけど、考えてみると大きくは大学時代の学生紛争の時の経験と、昔少しかじったヒトラー時代の勉強の影響が大きいと思う。確かに歴史を動かして行くためには大きなエネルギーが必要だし、そのためにはある意味で激情も必要かもしれない。しかしその激情がどこに向かうのか、そのために切り捨てるものは何なのか「ちょっと待てよと」振り返ってみる必要があると思う。

 激しい言葉、シンプルすぎる論理、そして勇ましい言動は時として人を惹きつけるかもしれないけど、その過程で普通なら見えるものが、もしくは見るべきものが見えなくなり、そして自らもそれに酔いしれてゆく危険を孕んでいる。人を否定し、他を排除し、ブルドーザーのように突き進んでやがて熱が冷めた時の惨劇は歴史が嫌という程目撃しているはずだ。いくら時間がかかっても、自分の目と耳と皮膚感覚を動員して自分の頭で考え行動することが大事だと自分に言い聞かせている。





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2016年07月22日

野心

野心

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 「野心」という言葉は決して嫌いじゃない。なんか脂ぎっていてギラギラするものを感じる。最近は草食系男子とか色々取りざたされているけれど、若い人の心根のどこかにはそんなものも持っていてほしいという勝手な願望を抱いている。じゃあ、自分が若い時にはそんな野心を持っていたのかというと、まるでそんなことはなかったから、やはりジイさんの戯言といわれそうだ。

 野心という言葉を辞書で引くと「ひそかに抱く、大きな望み。また、身分不相応のよくない望み。野望」この後半のところの[身分不相応のよくない望み]というのは微妙だなぁ。望み自体がよくない内容なのか、それとも身分不相応の大きな望みを持つことがよくないのか。尤も手がすぐ届くような身分相応のものであればギラギラ感などは出てこないし、野心とも呼べないと思うけど。

 ぼくが思うに、野心にも二つの種類があるのではないか。一つは「何者かになりたい」という野心。ビジネスマンなら会社の社長、政治家なら東京都知事、国務大臣そして内閣総理大臣などの地位に上り詰める。もう一つはそういうものよりは「何事かを成し遂げたい」という野心。この二つは互いに絡み合っていることもあるし、その片方だけがその人の野心を形作っているという、場合もあると思う。

 野心というと政治家がすぐ浮かんでくるけど、ぼくは若い頃ひょんなことから国会議員の秘書のようなものを一年間やったことがある。その時(その時代のという意味でもあるけど)でも政治家は金とか裏の顔とか色々なことが言われていたけれど、基本的には優秀な人たちであると言えると思った。

 マスコミなどは彼らが金銭欲や権力欲だけで政治家になったようにいう事もあるが、彼らはもし政治家になっていなくても世間ではそこそこの成功は手に出来たに違いないという感じはしたし、歳をとっても野心のようなギラギラしたものをなくしていないことも凡人から見れば稀有なことに思えた。

 でも、少しその世界の息を吸ってみるとその彼らの野心は政治家生活のどこかの時点で、何事かを成し遂げたいという野心から、何者かになりたいという野心へと変質していっているのではないかと思い始めた。それはぼくの若気の至りの見方で、何事かを成すためには、まずそれにふさわしい何者かにならなければならないのだ、という事があるのかもしれないが…、どこかの時点で後者のほうが自己目的化していったのではないかと。

 考えてみれば、明治維新を成し遂げた幕末の志士の野心の核は「何事かを成し遂げたい」という野心だったと思う。彼らは藩主にも殿様にも公家にでもなりたかったわけではない。それはもう一つの野心の対象である「何者かになる」、という「何者」自体が崩壊しかけていた時代だったからだろう。同様に戦国時代も野心の対象は天下統一を成すということが野心の対象だった。変革、混迷の時代にはそういう野心をもつ人物が出てくるのかもしれない。

 今世界は混とんとし始めているし、さらに混迷を極めるだろう。こういう時代には一方では現状に固執する草食系人間が増殖してくると同時に片方では野心を持った新たな人物なり勢力なりが次々と登場してくるに違いない。「何者かになろうとする者」「何事かを成し遂げようとする者」「何事かを成し遂げるために、何者かになろうとする者」もちろん、彼らが成し遂げようとする何事かが、万人にとって幸せなこととは限らない。ぼくらが自分の身を守るためにも今こそ目を凝らして彼らの野心の中身を見据える必要があると思うのだけれど。



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2014年10月13日

変動のマグマ

変動のマグマ

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■ 会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクレオ、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリボ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。

 (2012年ウルグァイのムヒカ大統領リオ会議スピーチ/訳:打村明)



 世界のあらゆる処で色々な対立が表面化して、それは治まるどころかこれから益々大きくなってゆくような気がする。ぼくらの足元に得体のしれない変動のマグマが溜まっていて、それが噴き出す機会をうかがっているみたいだ。20世紀の終盤にぼくらが思い描いていたような明るい新世紀は実体のない蜃気楼のようなものだったのだろうか。

 ぼくには経済学やイデオロギーみたいな難しいことはよく分からないけど、世の中にこんなに頭のいい人たちが沢山いるのに、次から次へと矛盾が噴き出すということは、今、根本的な部分で今までの仕組みや考え方ではすまなくなってきているのかもしれない。つまり今までの○○主義とか△△システムとかに無理やり収めるために、それに合わないものを考えの外に置いたり、見ないふりをしてきたのがそれではすまなくなってきているということなのかもしれない。

 そういう問題の中で、ぼくは一番根本的な問題として迫ってくるのは、昔は無限と思われていたこの地球が、ほんとうは当たり前の話なのだけど、有限だということが数字的にも表れてき始めたということだと思う。ゼロサム社会というものを前提として世界も動き出したということかもしれない。ゼロサムというのは総量が決まっているから誰かが10取れば、誰かが10失うということだとされている。

 それは世界経済のイメージからすれば、競争の熾烈化、早い者勝ちや弱肉強食の時代の到来のようにも解される。相田みつをの言ったような「奪い合えば足りぬ、譲り合えば余る」というような悠長なことを言っている余地はないように思える。人によっては弱肉強食こそ自然界の真理で人間だってその例外ではないという人もいる。

 しかし、少し生物学をかじったことがある人なら弱肉強食は決して自然界の真理などではなく、生き残るという自然界の節理からいえば適者生存、つまり力が強いというより環境に適合していくことが「種」としての生き物の生き延びてゆく基本戦略なんだと教わっているはずだ。弱肉強食は一対一で「個」が向かい合った時の論理でしかないかもしれない。それだってヌーがいつもライオンに負けているわけではないらしい。そろそろ種としての人類全体の生き残りを探って行かなければいけない時代になっているのだと思う。

 で、ムヒカ大統領の演説は一読して割とすんなりとぼくの心に入ってくる。ぼくも昔から感じていたのだけれどアメリカの、そして今では日本も景気後退から抜け出す時の言われ方として「消費が上向けば…」という表現が頻繁に使われるけど、その消費の中身がどうなんだろうかということ。

 矢継ぎ早に出る新商品への買い替え需要喚起や低価格大量消費に支えられる商品サイクルの短いファスト・ファッション、TVコマーシャルを通じての物質的渇望感の演出など等、一昔前の消費を体験しているものからすれば、それは浪費スレスレの消費にも見えなくもない。それは食の世界でも起こっていると思う。ぼくはもちろん流通の専門家ではないから、そのへんの実態をちゃんと知っているわけではないけどモノが売られている現場と、モノが棄てられいる状況をつぶさに見れば、その間で起こっていることはあらかた想像がつく。

 でも、それを直ぐにやめることはぼくらには殆ど不可能に近いし、それは消費の「成熟化」したといわれる国々においては経済の崩壊を意味するに近いかもしれない。演説の中でムヒカ大統領はなにも石器時代に戻れと言っているのではない、と言うけれど、そこまで行かなくったって生活レベルを今よりも大きく後退させること自体がとても大変なのだと思う。

 一方、心のどこかでこのままではまずいなぁと思っているからこそ彼の演説は心情的には心に響いてくる。と言ってもぼくはなにも彼の演説にすべての点で賛成というわけではない。統制経済や計画経済は闇市場を形成したり、計画破綻の隠ぺいのための情報統制、そして社会にもあらたな不平等を生み出すこともぼくらは歴史的に学んだし、何よりも幸福の中身と価値は国ではなくあくまでもぼくら自身が決めるものだと思っているから、そこら辺は国家というものに余りいじくり回してほしくはないと思っている。

 しかし、それもこれもあった上でやっぱり彼の演説は無視するわけにはいかない。彼の演説はぼくら自身が変動のマグマを踏みつけていることに気付かせてくれている。どうしたら良いかはすぐ答えが出ないのだけれども…。

 

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 *とは言っても自分のレベルで出来ることといったら取り敢えずは消費スタイルを見直すくらいしか考えが及ばないんですが…。ぼく自身は前から自分なりの消費三原則を作ってなるべくそれに沿って生活するようにはしているんですが、何とも心もとない策かもしれません。

①それは長持ちするか…ドイツ時代にしつこく言われたのは商品の堅牢さと耐久性でした。それがまた見直される時代が来ていると思います。また、長持ちすると言うのは堅牢さだけでなくてデザインや機能の陳腐化などにも当てはまると思っています。現在ではスマホやPCなど陳腐化のスピードが極めて速い商品が多く悩ましいところですが、それだからこそ商品を選択し、見る目が要求されてくると思います。多くのプロセスを経て世に出たモノをすぐに遺棄してしまうのをぼくらの先祖は「もったいない」と表現していました。

②貪るから味わうへ…消費の初期段階ではとにかく量が確保されることが重要でしたが、マーケットの成熟化が進んだ国においては量・質ともに様々な選択肢があるのでその権利をうまく使うことが大事だと思っています。貪るように消費する様をぼくらの先祖は「はしたない」と言っていました。

③買う前の一拍…とびつく消費、踊らされる消費から選択消費に。これが結構難しいですね。消費はある意味では楽しみの部分でもあるわけで、それを完全に無視しても長続きはしないのではないかと思うので、買う前に欲望のクーリング・オフ期間を置くようにしていますが…。Amazonもダイレクトにワンクリックではなくて、一旦ほしいものリストに入れておくようにしています。

  う~ん、こんなんじゃだめじゃん。

posted by gillman at 14:01| Comment(5) | Column Ansicht | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月27日

天野祐吉さんのこと

天野祐吉さんのこと

 昨日、知人と話していたら「君が前話していた天野さん、亡くなってしまったね、残念だね」と言われて驚いた。「え、祐吉さんですよねぇ。亡くなったんですか?」「え、知らなかったの?」 家に帰って慌てて調べてみると10月の20日に亡くなっていた。考えて見れば、その時はぼくがちょうどイタリアに行っている時だった。そんなで、昨日の晩はいろんなことが頭をよぎってなかなか寝付かれなかった。

 天野さんが編集長をしていた「広告批評」は昔から時々読んでいたし、最終号は今でも持っている。広告批評から「引退」後、天野さんは「天野祐吉のあんころじー」というブログを始めた。ぼくは天野さんのあの洒脱な文体が好きで毎回読むだけでなく、時にはコメントを入れたりするうちに、天野さんと言えば四国松山のイメージが強いけど、実はぼくと同じ東京千住の育ちでもあるということが分かった。

Amanosan.jpg そればかりか、千住やっちゃ場武寿司」で店の大将と話している時に天野さんがぼくやその大将と同じ小学校の先輩だったことが分かった。NHKで著名人が母校で模擬授業をする番組のシリーズがあって、その中で天野さんもぼくらの母校の千住第二小学校(現在の千寿小学校)で授業をやっていたという。

 それ以来、余計親しみを感じてブログの中でも時には下町の話で盛り上がったり、天野さんもぼくのブログにコメントを入れてくれるようにもなったのだけれど、ある時から天野さんはブログのコメント欄を閉めてしまった。どうやら記事の内容について誹謗や中傷等の煩雑な書き込みが増え、面倒になってしまったらしい。有名人のブログは大変なこともあるようだ。

 そのうち天野さんから「隠居大学」なるものを始めるのでどうですか、というお誘いを頂いてぼくも参加することにした。最初のシリーズは浅草のこじんまりとしたホールでの小規模でアットホームな講演会だった。お陰でそこではぼくの大好きな詩人の谷川俊太郎氏を始め横尾忠則氏、赤瀬川原平氏や安野光雅氏等などの興味深い話を間近に聴くことができた。

 毎回講演会が終わった後に、軽い打ち上げのような懇談会があって天野さんと話をする機会があった。ぼくが自己紹介をすると「ああ、あなたがgillmanさんでしたか、お会いできてよかった」 その時の印象では引退しているとは言えまだ多忙なようすで少し疲れているようにも見えた。

 天野さんとは実はもう一つ接点があった。それはブログで天野さんの子供の頃の想い出話にでてきた近所の物知りの大学生「ひょうちゃん」なる人物だった。それは後に国会議員になった鯨岡兵輔(くじらおか ひょうすけ)氏のことで、彼は天野さんも言っていたけれど今のような時代に何としても居て欲しかった政治家の一人だと思う。実はその鯨岡さんも小学校そして高校でもぼくの先輩にあたる人だった。天野さんとも「ひょうちゃんつながり」ですねと言っていた。。

 鯨岡さんは環境庁長官時代に真摯に環境問題に取り組み、また徹底した不戦主義者としても知られていた。たたき上げの党人だけれども三木派という主流ではない派閥ゆえに受けた苦難は大いにあったはずだが、最後まで政治家としての矜持を守り抜いた。その鯨岡さんは当時ぼくの住んでいたところからすぐそばの処に居て、町内の祭りの時などによく着流しのいなせな姿を見かけた。

 天野さんも鯨岡さんも様々な困難を抱えた現実を充分知りながらそれでも平和にかける思いは熱かったと思う。敢えて言えば今、日本の政治は人材枯渇のような感さえある。今の政治家から平和や自由にかける理想や覚悟を感じとることも難しいのではないか。奇しくも今まさに特定秘密保護法が作られようとしている。これを知ったら天野さんや鯨岡さんはどう思うだろうか。

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2012年11月12日

ウルトラマンは来ない

ウルトラマンは来ない

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   三党首テレビ討論

  へりくつ
  はったり
  からいばり
  ポーカーフェイスで
  いいのがれ
  あげあしとりの
  なすりあい
  舌先三寸
  三すくみ
  ねこっかぶりの
  まねきねこ
  店ざらしの公約に
  うっすらほこりもつもってる

   (谷川俊太郎 『詩集21』から 谷川俊太郎詩集/思潮社 現代詩文庫27)

  この詩を読んでいて、何だかニンマリしちゃうか、ウンザリするかは人によって違うかもしれないけれどこの詩は谷川俊太郎の詩だ。ぼくはこの詩を以前谷川俊太郎詩集の中で見つけたのだけれど、もとは1964年に刊行された彼の詩集『落首九十九』の中におさめられたものらしい。

 もう50年近くも昔に創られた詩だと知って、日本の政治家って変わんねぇなぁ~、とニンマリとしてから暫くしてどっとウンザリ感が襲ってくる。1964年といえば東京オリンピックの開かれた年だ。この年に公明党が正式発足しているが谷川俊太郎がこの詩を書いた時点では三党首と言えば、自民党・日本社会党の二大政党に日本共産党か当時の民社党のどちらかだと思うけれど…

 首相はこの年に池田勇人から佐藤栄作にバトンタッチされた。アジアではこの年にトンキン湾事件が起こりアメリカはベトナム戦争の泥沼にはまってゆく。ぼくはこの時まだ17歳だったけれど、このあと日本は経済成長しながらも70年第二次安保闘争などの動乱の時代に向かってゆく。ぼくが大学に入った時大学は学園紛争の真っ只中だった。

 学生運動のエネルギーは凄まじかったけれど実際には現実を無視した稚拙な理想論や空理空論も多かった。学生運動で逮捕された闘士が留置場の中で悠然としているので監視が訊ねたら「今にウルトラマン(月光仮面だったかもしれない)が助けに来てくれるから大丈夫だ」とうそぶいているカリカチュアを当時見た覚えがあるけれど、ことほど左様に現実放れしていたのかもしれない。

 でも、もしかしたら今のぼくらは彼らのことを笑えないかもしれない。誰か強力な指導者が現れてくれないものか。この馬鹿馬鹿しい状況を打ち破ってくれる目の覚めるような政治家を待っているかもしれない。それは多少のレベルの差こそあれ、ウルトラマンやバットマンや白馬に乗った王子様を待ちわびる心理とどこかで通底している。この事態を打破してくれるならば多少は独裁でもいいかもしれないと。

 しかしウルトラマンなら問題を解決したらシュワッチと空の彼方に飛んで行ってしまってくれるけれど、政治家はそうはいかない。権力とはそういう類のものではないのだ。歴史上、強力に改革を唱えて上昇してきた政治家の中には改革を行うと同時に、自分に敵対する勢力や仕組みを破壊しながら昇ってゆく者たちがいた。そして彼らは実際に力を持った時点から、今度はその力をキープすること自体が政治目的化してゆくというプロセスをたどることが多い。

 それは長い間歴史の中で繰り返されてきた。そしてそれは今も世界のどこかで繰り返されている。その反省と教訓から一見軟弱でコストと手間のかかるように見える現在の民主主義の仕組みができてきたのだと思っている。もちろんいつの時代にも改革は必要だし、指導者の決断も不可欠なことは間違いないけれど、ぼくらがそれに頼り切ったり、英雄願望にとらわれて大事なものを手放した瞬間から権力の質は変わってゆき、ぼくらに牙をむくものになってゆくということを忘れてはならない。今こそ自分の肌で感じ、自らの頭で考え、目を皿のようにして見ておく必要があると思う。

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posted by gillman at 12:55| Comment(7) | Column Ansicht | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする